2018年07月31日
震災
午前9時にホテルを出発し、本日は仙台市まちづくり政策局防災環境都市推進室の職員さんに説明いただき、3・11発生時に小学生、荒浜地域の方が荒浜小学校に避難され多くの方が津波の襲来から一命をとりとめられた際の説明、ビデオを拝見しました。
荒浜地区は仙台市中心部から東に10km離れた太平洋沿岸部に位置し、海岸から約700mの内陸に位置し、震災当時91人の児童が通っておられ、約800世帯、2200人が暮らしておられた集落です。
約13mの津波が6mの海岸堤防で4m程度となり小学校の2階部分まで海水が押し寄せました。
津波が押し寄せている写真

現在は津波による犠牲を再び出さないため、校舎を震災遺構として公開し、津波の脅威や教訓を後世に伝えて行こうとされ多くの方が荒浜小学校に来場され、現在までに10万人の方々がお越しになられています。
改めて震災、津波の恐ろしさを認識し、防災減災に向けての取り組みの必要性を実感いたしました。
震災前と震災後の荒浜地区

荒浜小学校

津波到達ライン

一階教室

体育館の時計(ここに避難していれば津波に流されていた)

荒浜地区は仙台市中心部から東に10km離れた太平洋沿岸部に位置し、海岸から約700mの内陸に位置し、震災当時91人の児童が通っておられ、約800世帯、2200人が暮らしておられた集落です。
約13mの津波が6mの海岸堤防で4m程度となり小学校の2階部分まで海水が押し寄せました。
津波が押し寄せている写真

現在は津波による犠牲を再び出さないため、校舎を震災遺構として公開し、津波の脅威や教訓を後世に伝えて行こうとされ多くの方が荒浜小学校に来場され、現在までに10万人の方々がお越しになられています。
改めて震災、津波の恐ろしさを認識し、防災減災に向けての取り組みの必要性を実感いたしました。
震災前と震災後の荒浜地区

荒浜小学校

津波到達ライン

一階教室

体育館の時計(ここに避難していれば津波に流されていた)

Posted by こんちゃん。 at 23:45│Comments(0)
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